隠岐の島ガールになったわけ

2017年3月末、島根県の隠岐の島町に引越しをしました。
この地で、地域おこし協力隊として生活をしていきます。
 
でも、地域おこし協力隊をするための移住ではなくて、
移住を決めたのが先、地域おこし協力隊に応募したのが後。
協力隊になれなくても、移住するつもりでした。
 
何故わざわざ隠岐の島へ?と聞かれることが頻繁にあるので、まとめました。
 
 

 

海と山の近くに住みたかった。

何と言っても一番のきっかけはこれです。
ずーーーーーーっと都会で暮らしてきて、
都会のスピード感や人の多さに疲弊してしまっていました。
自分の心と体を強く安定させるためには、とにかく自然との繋がりを分かりやすくハッキリと感じられる場所で暮らさなければ…ということに気が付いたのです。
色々な経験を通じて、絶対的にそれが必要なのだと確信していました。
 
だから、自然が豊かな場所は絶対条件。
特に海。
なぜなら、幼い頃から海の近くに住むことを夢見ていたから。
海に行くと、「ただいま。」って言いたくなるし、
水の音が、飾り立てない本来のわたしに戻してくれるのです。
そして、山。
綺麗な海さえあればそれでいいと思っていましたが、
山のない島に行ったら、それはそれで何かが足りない気がしてしまいました。
山の中で木々のエネルギーを感じることも、私には必要みたい。
 
自然と繋がって自分が整ったら、
他の人を整えるために都会へ行く機会を増やしてもいいかもしれません。
でもしばらくはあんまり都会に戻りたくないなぁ、というのが本音。
 

日本の農について知りたかった。

日本はオーガニック後進国だの、
食の安全が守られていないだの。
とある界隈では色んなこと言われていますが、
農家さんは一生懸命美味しくていいものを作ろうと頑張ってくれている…。
 
”消費者が変わらなければ、変わらない”というのが結局一番強いのでしょうが、
「じゃあ消費者はどうすれば変わるの??」を考えた時に、
まずは自分が日本の農を知らなければいけないというところに必ず行き着きます。
 
農薬ってそもそも何なの?何のために使うの?その先の添加物は何のため?
様々な角度から日本の農についてきちんと知った上で、
国内外問わずオーガニック文化が進んでいる地域に出向いて勉強する、
そしてまた実践してみる、を繰り返す暮らし方が夢のひとつです。
 

自分で一から暮らしを作りたかった。

東京の近くにも、海と山があって農が盛んな場所はきっとあると思いますが、
「両親が近くにいると頼りたくなるかもしれないし、助けてくれちゃうかもしれない。」
「友達や知り合いに甘えて、影響されて、中途半端になるかもしれない。」
そういった可能性をなるべく消したかったのです。
 
そして、可能な限り自給自足生活をして生きていきたいので、
便利さへの誘惑が少ない場所、コンビニがない場所がいい。
 
人は環境によって作られるということが往々にしてあると思っているので、
 
自分の理想の環境を整えることを最優先に考えました。
 

日本の田舎暮らしを体感して、発信したかった。

日本はどう考えたって首都圏に人間が集中しすぎだと思っていました。
自分は”東京人”だと思い込んでいた時は、
「みんな来ないで〜!出ていけ~!」と思っていましたが、
自分が東京人だと思い込んでいるだけなのだと気が付いて、
東京から出ることを考え始めました。
 
日本には素敵な街がたくさんあります。
だけど、どこもかしこも高齢化過疎化で空き家問題やら担い手不足やらの問題だらけ。
私が発信をすることで、「実は自分も田舎暮らしの方が合っているんじゃない??」ということに気が付く人が一人でもいるといいなと思っています。
 
自然な流れで人間がもう少し綺麗に分散して、
自然な流れで老若男女が交わって、
自然な流れで誕生と死亡が繰り返されるようになるといいなぁと。
 

一緒に居たい人たちができた。

隠岐の島に決めた最大の理由は、これでした。
OL時代から色々なところをひとり旅してきましたが、
暮らす場所としてピンと来る場所は正直ありませんでした。
隠岐の島も、寒さへの抵抗心があって微妙かも…だったのです。
この抵抗心を手放せれば言うことなしのパーフェクトで、
結果的に手放すことが出来たから、今隠岐にいるわけなのですが、
一緒に居たいと思える人がいなかったら、手放すことは出来なかったと思います。
 
私は、「ひとりで、自分の力だけで、何とか頑張ろう!」という心の癖が
どうしても強く出てしまって人に頼ることが苦手です。
余裕がなくなるまでひとりで何とかしようとしちゃって、
無理になって爆発して、結果人に迷惑をかけるっていうのがいつものパターン。
なるべくそうならないように意識して生きてきたけど、多分まだまだ残っています。
 
隠岐では、気負いなく頼れる友達がいてくれて、
蓋を開けてみれば職場の方もご近所さんもみんな優しくて。
東京を出てまだ2週間ですが、頼りすぎかもしれないくらいに友達を頼っていて、
新しい家族が出来たような気分。
優しすぎてお姉ちゃんみたいなんだもの。
 
みんな、私が気付けない大切なことを気付かせてくれたりもします。
大切に想える人たちが、この島にできたのです。
 

最後に

色んなことを複雑に考え過ぎちゃって、

「本当に隠岐に住んでいいのかな??」と悩んで迷ったりもしましたが、
シンプルに、1番大切な本質部分は何だろうって思ったら、
「今、誰と居たいか」だけな気がします。
 
1年経って、2年経って、
地域おこしの任期が終わる3年後には誰もいないかもしれないけど。
それでもいい。
 
「”今”、みんなと居たいんだ」
 
いつだって答えは自分の中にしか無くて、とてもシンプルです。
 
移住理由が「直感」だけだと、周囲に納得してもらうのは大変だから
真っ当な理由探しを頑張ってしましたが、
いつだってわたしは、わたしの心の声に従うだけ。
自分を偽らずに生きることを諦めません。
 
そうしていればきっと、素晴らしい未来が待っているから。
 

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おわり。