無知は罪なり、知は空虚なり、英知持つ者英雄なり。

哲学者 ソクラテスの言葉です。

私は、英知を持って英雄になりたい。

それは何よりも、自分自身と自分の大切な人のために。

この言葉の解釈は人それぞれだと思いますが、移住女子目線で考えたことをまとめてみました。

 

 

無知は罪なり

布施に移住して1年は、色々な無知を自覚してとにかく"知"を集めました。

  • 布施と隠岐という場所柄についてのこと。
  • ここに住む人たちの歴史や想いや今の暮らしのこと。
  • 行政の仕組みや隠岐の島の中での常識など。

 

暮らしの中では、東京時代に憧れていた以上にたくさんの喜びをもらって

「え?!(そんなことまでしれくれるの?!)」と驚くことが多々。

仕事上では、東京で働いたり様々な活動に携わっていた感覚でいると

「え?!(この程度でいいの?!)」と驚くことが多々。

どれが良いとか悪いとかではなく、自分の常識はあくまでも自分の常識でしか無いということをまざまざと感じました。

 

それらをひとつひとつ受け止めて自分の”知”にしていくことが、

移住直後には最も大切なことだろうと信じて、たくさんの方からの”知”を受け取ってきたつもりです。

 

この作業を怠って自分の常識の範囲内で行動を起こすと、

誰かを傷つけたり何かを壊す(=罪)可能性があるということですね。

 

知は空虚なり

島に限らないことですが、世の中の多くの人が、"知"を集めただけで満足しています。

 

私は、一生懸命で誠実な行動を取る人と共に時間を過ごしていきたいので、

言葉ではなく行動でその人を感じるようにしています。 

よくあるのが、「昔からずっと、こうすればもっとよくなると思っている。」

という言葉だけ発して、自分で何かをするわけではない人。

あとは、「こうなったら最高じゃん!」

という理想論だけかざして、物事の本質や現実と向き合わずに突っ走ろうとする人。

 

どちらも、タイプは違えど空虚感が漂っていませんか?

"知"を集めただけで、自分は十分にやっていると思うことや、

物事の本質を分かったつもりになることは、実のない虚しいことです。

 

大切なことと向き合えていないからこその弱さが表れているように感じます。

大きなことを言って自分を大きく見せようとしているようにも見えますね。

 

そうならないように、集めた"知"を一生懸命フル活用しようとしているのが、移住2年目の今です。

 

英知持つ者英雄なり

【"英知"とは、行動をした上で体得した"知"のこと】という解釈が一般的なようです。

しかし、私はそこから一歩進んだところに真の英雄がいると思います。

というのも、とにかく行動すればいいのか?というとそういうわけではないからです。

 

隠岐の島では、東京と比較すると行動力のある人が少ないように感じます。

だからなのか、何か行動をするだけで評価されてしまうことも多いようで、そこに危うさを感じています。

 

危うさを感じる例としては、

  • 助成金頼みの事業でよく聞くのが、金の切れ目が縁の切れ目案件。
  • 何かを行った後の振り返りや反省などがなく、成長していない案件。
  • 箱物を作って流れに身を任せているだけの案件。
  • 誰が主体なのか分からず、なあなあになってしまう案件。
  • 周囲からの賞賛や評価を気にしている案件。

 

真の英雄になるには、"知"をフル活用して行動することはもちろん、少なくとも以下の3点が明確になっていることが必要だと思っています。

  • 行動した先で、何をどうしていきたいのか?
  • 行動の内容は、自身の内側から湧き出るほど本当にやりたいことなのか?
  • 行動がもたらした結果がどうであれ、何かしらの実にする覚悟と責任があるのか?

このように、しっかりと自身の土台を作った上で行動して、初めて"英知"を得られるのです。

そういった意味で、考えが甘い人が多い印象です。

 

最後に

人生は取捨選択の繰り返しですが、"英知"を得るまでのプロセスも取捨選択の繰り返しです。

 

世の中の全てを知ることは出来ないので、まずはどの"知"を得るか取捨選択する。

得られた"知"全てを使いこなすことは出来ないので、どの"知"を"英知"まで引き上げたいか取捨選択する。

そして更に、人生を共に歩んでいく人も、"英知"を持つ者=英雄を取捨選択する。

 

取捨選択の繰り返しは疲れますよね。

だからこそ、その取捨選択にどこまでの想いと覚悟と責任が持てるかで、人生の熟度は変わっていくと思っています。

 

楽しみ尽くせる人生を自分で選び取ることが、人間の宿命であり歓びなのでしょう。

 

取捨選択などせずに、訪れる運命を真っ向から受け入れながら生きている島の植物たちに偉大さを感じつつも、私は"人間"を楽しもうと思うのでした。

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おわり。