わたし的、地域おこし協力隊3年間の過ごし方

3年間を通じてやっていこうと思っていることは、

【任期終了後に花が咲くよう、毎月決まったお給料をもらえるという保証がある間に、出来るだけたくさんの愛の種を蒔いておこう】ということです。

でも、種の蒔き方のスタンスは少しずつ変わっていて…。

2年目が始まって1ヶ月が経った今、

1年目をどのように過ごし、3年目にどうなっていたいと考えているか、まとめてみました。

 

 

1年目は、”行くYes MAN”

1年目は、とにかく自分の足で色々なところへ行きました。

島内のイベント・お祭り・遊び・勉強会など。

島外のイベント・研修・地方創生関連や離島関連の集まり・自主企画イベントも。

その目的は、【知ること】【人脈を広げること】。

 

そして、お声掛け頂くことについては、わざと、全てお引き受けする"Yes MAN"になりました。

この目的は、【試してみること】。

新しい環境で、何が自分と地域にヒットするのか分からない中だったので、

トライをたくさんしました。もちろん、その分エラーもたくさんしました。

 

2年目に突入して振り返ると、その全てが私の財産になっていると感じます。

 

2年目は、”来てもらうYes-No MAN”

1年目と打って変わって、2年目の目標はなるべく島を出ないこと。

今度は、たくさんの愛ある人に来てもらう年にしたいと思っています。

その目的は、【知ってもらうこと】【地域の方との、笑顔の時間を増やすこと】。

隠岐の島のこと・布施のこと、そして私のことも、もっとたくさんの人に知ってもらいたいのですが、

そのためには、やっぱり五感全てで私の暮らしている場所を感じてもらわないと、無理なのです。

来てもらった方には、一緒に、地域の方と笑いながら過ごす時間を作ってもらいます。

だから、愛ある人というのが大切なポイント。

いっぱいいっぱい、おじいちゃんおばあちゃん達と一緒に笑っていれば、明るく楽しい布施になっていくと思うから。

 

そしてこれは、予想外の"来てもらう"でしたが、仕事やボランティアの依頼も色々な場所から舞い込んでくるようになってきました。

2年目は、1年目に【知ったこと】と【トライ&エラーから学んだこと】を踏まえて、

はっきりとNoも言えるようにしていきます。

見極める力が養われていきますように。

 

3年目は、”来る&呼んでもらうYes MAN”

3年目は、こちらから頼んで来てもらうのではなくて、人が勝手にどんどん来る年にしたいです。

2年目に、たくさんの愛ある人に布施を感じてもらうことが出来れば、

布施の魅力が一人歩きして、ちゃんと必要な人の元へ届いて、必ず実現すると信じています。

 

私自身は、他の地域や島に呼んでもらえるようになりたいです。

元々、旅することも好きだし好奇心も旺盛なので、

島のことが大体分かってきているであろう3年目は、

刺激が足りず、少しずつ外へも出たくなっていると思います。

なので、今までの人生と布施暮らしで培った経験を、どこか別の求められている場所で発揮することが目標です。

 

そして、3年目は"Yes MAN"に戻ります。

ただ、1年目の"Yes MAN"とは、中身がまったく違います。

1年目は、何かちょっと違うな…やりたくないな…ということに対しても、敢えて"No"を言わないでチャレンジしてみる"Yes MAN"でしたが、

3年目の理想は、2年目の"Yes-No MAN"時期を経た結果、私のストライクゾーンに入る依頼しか舞い込んでこなくなって、"No"を言う必要がなくなった"Yes MAN"です。

なので、1年目は超疲れる"Yes MAN"でしたが、3年目は超楽しい"Yes MAN"!

そうなっているといいなぁ。

 

最後に

1年ほど前から、よく"関係人口"の話をしています。

【ただの物見遊山の観光=交流人口】と【その地域に住み着く=定住人口】の、その間。

 

私は難しいことはよく分かりませんが、

「日本全体が人口減少社会の中で、地方がこぞって人の奪い合いをしたって仕方ないじゃない。」

という、根底にある分かち合いの精神が好きで、関係人口の取得という点を重きに置いて活動しています。

奪い合いや競争から生まれるものは、結果的にどこかで醜い何かが混じってしまうので。

 

どこに住んでいてもいい。

なかなか来ることが出来なくてもいい。

ただただ、「隠岐が大好き」「布施が大好き」な人が増えてくれたら本望です。

遠くからでも、ただただ想ってくれていれば、それが地域の方や私の力になるから。

 

おわり。